悲しみの海

悲しみの海の岸辺で
寄せては返す波を見つめ続ける

悲しみの海に入る勇気は
まだ、ない

みんな悲しみの海に背を向けて
当てもなく荒野をさまようのだろう

でも海はとてつもない引力を持っている

荒れ狂う冷たい冬の海に
果たして飛び込むほうがいいのか

それとも・・・・

いや、私は、いずれ飛び込むのだろう

本当のぬくもりはその先にしかないことを

本当の私は知っているから

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本当のあなた

愛なんて、ばかばかしくて信じられないと思っているあなたの奥にいる本当のあなた

きれいなものなんて、うすっぺらくて興味ないと思っているあなたの奥にいる本当のあなた

本当のあなたはシンプルで力強い確かな存在

あなたは愛そのもの

あなたは美そのもの

本当のあなたに出会ってください

それはいつもあなたとともにあります

あなたの奥で、あなたにメッセージを送り続けています

本当のあなたの望みを実行に移してください

美しいものを愛し、愛から出る言葉を口にしてください

それを続けるうちに、あなたの中のあなたを妨げる勢力は弱まっていくでしょう



あなたの中のあなたを妨げる勢力もまた、あなたの一部です

言い分を聞いてあげてください

でも言いなりにならないで下さい

言いなりになれば、あなたの首を絞めるからです

あなたを妨げる勢力は、一時はあなたを守る勢力だったのです

感謝してあげてください

ゆるしてあげてください

ねぎらってあげてください

それを続けるうちに、あなたの中のあなたを妨げる勢力は光に変わっていくでしょう

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父親

ずっとそうではないと思っていたけど、おそらく全ての女の子の例にもれず、私にとっても「父親」は避けて通れない重要なテーマだったことが、今わかった。

女の子と言うものは、父親の愛を求めるようにできているらしい。

生まれながらに父親を求め、父親を愛するようにできているらしい。

どんな父親であっても、はじめは無条件に愛そうとするらしい。

私も幼児の頃は無邪気に父親が大好きだったらしい。母がいつかそう言っていた。

でも、成長するうちに、自分の求める理想の父親像と違うことに気付いたり、欲しい種類の愛情をくれなかったりすると、父親を憎み始める。その憎しみは愛情の裏返し。それが巷でよく言う、女の子は思春期になるとお父さんを大っ嫌いになるという話の理由なのだ。

私の場合、変に物分りがいいというか、頭で考えすぎる子供だったので、父親だって私とは別の一人の人間なのだから、仕方ないとあきらめてしまった。理想と現実は違うんだと言うことを受け入れてしまった。私の理想と比較して非難したらお父さんがかわいそうだ。私の理想が高すぎるのだ。別にお父さんが私の求める人でなかったからといって、大した問題ではない、お父さんの愛情なんていらないと思ってしまった。少なくとも心の表面では。

しかし、心の奥には切実に父親を求める気持ちが残っていたのだ。私の理想通りの父親でないことに対する怒りがあったのだ。

私の子供の頃の愛読書は、バーネットの小公女と、もう一冊あった。ローラ・インガルス・ワイルダーの「大きな森の小さな家」。「大草原の小さな家」の方がテレビ化もされていて有名だが、私はローラが自分と同じくらいの年で自分を重ね合わせることができる「大きな森の小さな家」が一番好きだった。ローラのお父さんがまさしく私の理想のお父さんだった。そして、将来はローラのお母さんみたいになりたいと思っていた。ローラのお父さんは理想のお父さんであり、理想の異性だった。

「私はローラのお父さんみたいなお父さんが欲しかったのに、何であんたみたいなのが私のお父さんなのよ!どうしてローラのお父さんみたいに接してくれないのよ。」という気持ち。

求めるものを与えてくれないという怒りを封印するために、私はありのままの父親、現実の父親を認めず、父親の心の中を勝手に想像して、虚構の父親像を作り、理想化した。

「本当は、きっと、お父さんは私のことを全て分かっていて、愛してくれているんだ。何も言わないのはその証なんだ。本当は私のことを深い愛情をもって想い、いつも気にかけてくれているんだ。そうに違いない。」

その嘘くさい論理を私は一生懸命信じるように努力した。信じていることと違う証拠が露見しないように、お父さんの言うことや行動は、聞いても聞かぬ振り、見ても見ぬ振りをして気にしないようにした。心の中が分かってしまうような接触を避け、当たり障りないことだけを話すようになった。

それだけでは自分の心の需要を満たすには足りなかったので、雲の上にいる、想像上のお父さんを作った。それが、私が作った神様。

私の神様は、いつも雲の上から私を見守ってくれていて、私の全てを、ポジティブな気持ちもネガティブな気持ちも理解してくれ、全てを許してくれている。そう信じることが、自分を支える命綱になった。

私はサンタクロースも本気で信じていた。サンタクロースと私の神様は同一の存在だった。小学校1~2年生の頃、友達が「サンタクロースなんていないんだよ、うちはお父さんがプレゼントをくれるんだよ」と言ったときも、ふうんと言いながらも、心の中では、「友達は悪い子だから、サンタさんは来ないんだ。私はいい子だからサンタさんはプレゼントをくれるんだ。」と優越感に浸っていた。

家の両親は、世の慣わし通りに、12月25日の朝、枕元にプレゼントを置いておくという方法を取っていたのだ。

小学校3~4年生になると、少し疑いの心が芽生えた。親がそれとなしに欲しいプレゼントを聞いてきたからだ。私はサンタクロースの存在を証明するため、親には欲しいものを内緒にするという作戦を取った。その結果、当然、神棚に向かってサンタさん=神様にお願いしたものとは違うものが届いた。それでも、私はサンタクロースが両親であることは認めたくなかった。それを認めたら、私の神様の実在を否定することになってしまう。命綱がなくなってしまう。

そして、小学校6年生のクリスマスの朝。枕元にプレゼントはなかった。
起きて居間へ行くと、お父さんが「もう、いいだろ。(小学校6年生にもなったんだから、サンタクロースごっこなんて必要ないだろう)」と言って、プレゼントの包みを差し出した。

私の理想のお父さんとして作り上げた私の神様は、実の父親によって、打ち砕かれたのだった。

私は実の父親に冷ややかな憎しみを抱くようになっていた。そして、そんな自分を責め、心の別の部分で父を気の毒にも思った。また別の部分で、物質的な命綱である父親に逆らっていることに対する恐怖も抱くようになった。

私の左脳は、父親に対抗し、父親に頼らずとも生きていく能力と自信を身につけようとして、発達したのだ。
父親は、ちゃんと十分な衣食住を提供し、別に暴力を振るったり、暴言を吐いたりするようなこともなく、いたって平和的なおとなしい人だったにもかかわらず、私は勝手に憎み、愛情を拒否した。そのことに対する、罪悪感と罰への恐怖が、私の心の問題のほとんどの根っこだったのかもしれない。自分で作り上げた左脳の理論に対する罪悪感。

自然の脅威から自らの身を守るため、科学文明を発達させすぎた人類も、同じ罪悪感を持っているのかもしれない。
自然という神は全てを与えている源なのに、自然を脅威とみなして敵視し、身を守るため支配下に置こうとし、自然が与えてくれるものは当然のように奪い取って生きているという罪悪感。

なぜそんなことになってしまったのか。

それは、怒りや悲しみを感じるのを拒否し、抑圧しようとしたからです。

怒りや悲しみを真正面から受け止める強さに欠けたからです。

怒りや悲しみを真正面から受け止める強さを与えてくれる愛が枯渇していたからです。

愛だけが、怒りや悲しみに向き合い、耐える力を与えるのです。

封印された怒りや悲しみを開放して、愛で包み込み、癒すことができれば、世界を癒せるはずです。

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謝るということ その2

その日の私は、どこかおかしいことに自分では気付いていなかった。
自分の能力を奥底では疑っていることを打ち消すかのように、むきになって前のめりに仕事をこなそうとしていた。
当然、すべてがうまくいかなかった。

イライラして、聞いてくれる人に、自分の気持ちをぶつけた。

自分がどんなに一生懸命やっているか、どんなに正しいか、それなのに何もかもうまく行かなくて、どんなに腹が立っているか、まくし立てた。

その人は、ただうんうん、と言って聞いてくれた。

それでも、私のいらだちは治まらなかった。

私はその人に、半ば狂ったように疑問をぶつけた。

「どうすればいいの、どうすればいいの、自分でも、もうどうしたらいいか、わからないの。教えて!」

その人は、念を押した。

「本当に、知りたいの?」

私は即座に知りたいと答えた。

「じゃあ、言うけど、あんたに足りないものを教えてやるよ。それは「謝るということ」だよ。誰かに謝るんじゃなくて、自分に謝るんだよ。」

「「自分に謝る」?何の事?意味がさっぱり分からない!!」

そう叫びながらも、「謝る」というキーワードは、頭の中で命令形に代わり、非難、糾弾、断罪の響きを持って自我を追い詰めた。

これが崩壊の引き金だった。




長年積み上げてきただけに、崩壊の過程は長時間に及んだ。途中で一度崩壊が止まり、自我が建て直しを試みたが、とどめの一撃を食らって、一番下の基盤まで全部崩壊した。

そして、封印されていたものが現れた。それは根源的な恐怖だった。

怒りや悲しみはバッチフラワーでほとんど癒されていたが、恐怖だけは自我の築き上げた城の底に、がっちりと封印されていたのだった。

恐怖は嘔吐のように恐ろしい勢いで、腹の底に空いたブラックホールから大量に逆流してきた。

それが全部出きったとき、私の自我は、私から遊離した。私の自我は恐怖を封印するために恐怖の上にしっかり根を張り、覆い隠していた。だがもう自我が死守する対象はない。

それでも、その自我は消えなかった。自我の完全支配から開放されたばかりで、自分が誰だかよく分からない私の周りで、自我は、自分が守り育ててきた理屈を、自分がどんなに正しいか、自分がどんなに必要不可欠な存在かを、一生懸命わめきたてていた。

私は、私そのものではなくなった、その自我に名前を付けてあげた。離れて見てみれば、それは意地っ張りで頑張り屋で、責任感が強くて一途で、プライドが高い、思いつめた眼をした小さな女の子だった。その子に、「ありがとう、ごめんね」と何度も繰り返した。その子が本当に愛おしいと思った。だって、こんなに長く頑張ってきたのだもの。その子がこれからも、いつも私のそばにいることを許してあげた。

ここまできて初めて私は、「自分に謝るということ」がどういうことか、ようやく理解したのでした。
そして、自分に謝ることのできた私は、多分、人にも謝ることが出来ると思います。

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謝るということ その1

以前、「謝れない私」という文章を書きました。

あの時は、自分でもなぜ謝れないのか分からなかった。
謝ったらおしまいと感じていた。
何が「おしまい」になるのか、分からないが、おしまいだと感じていた。

私は今やっと、そこから抜け出すことが出来た。
今なら分かる。私の心のメカニズムが。
謝れないのは、私は私しかいないと思っている私の自我だった。
あの時、私の自我は私という人間の全てを背負っているつもりでいたのだ。

「おしまい」になるのは、私の自我。
私の自我は、自分が私そのもの、私の全てだと思っていたのだから、「おしまい」になるわけには行かなかった。
命がかかっているのと同じだった。

あの時、最後に、謝れない理由を前世のせいにした文章を書いた。
それが、自分でも後味悪く感じていた。
いけないことをしているような感じがした。

今なら、その理由も分かる。前世とか神とか人生の目的というような神聖な事柄を、正しくない行為を正当化するために使っていたからだ。
正しくない行為とは、自分の奥にある本当の自分を永遠に封印しようとすること。
それは神を抹殺しようとすることに等しい。

「謝れない私」の冒頭に、本題に入るのを躊躇するように書かれたパラグラフ。

ところで、私は書くということをしたいと思いながら、長年ためらってきました。

その理由の一つは、書くということによって、私の中のさまざまな思い、考えが、書かれたことだけになってしまって、自己認識が偏ってしまう、つまり私にとって都合のいい自己認識だけになってしまうという恐れです。

でも、頭の中だけではぐるぐる回って、結局苦しくなって逃げてしまうので、書くことにします。このように誰かに見られることを前提として書くことにより、前述の懸念は小さくなると思います。

これは自我の問わず語りだったのだ。
様々な思い、考えを、都合のいいところだけ取って、あとは捨てる、これは自我が私自身にしてきたことなのだ。
書くことによって、隠蔽している都合の悪い部分が暴露されるのを自我は恐れたのだ。

実際、あの文章は、初めて真の自己が自我の制止を振り切って書いた文章だった。このブログを書くことによって、自分を癒す旅の始まりだった。

最後の前世のせいにするというくだりは、自我が自己正当化のために付け加えたものだったのだ。

あの日、私は、本当の自分を永遠に封印することを決意したのだ。
いつのことか正確には覚えていないが、そのときの気持ちはリアルに思い出せる。
全身から血を噴出すかのように激しく泣きながら、強く強く決心したのだ。

これ以上傷つくのが嫌だという強い感情から、傷ついていることを認めない強い自我を作り出したのだ。

そこには怒りもあった。自分を傷つけた者に対する怒り。
そこには悲しみもあった。自分自身に対する哀れみ。
そこには恐れもあった。自分の味方になってくれるものは誰もいない、生存に対する恐れ。

それらの全てを否定し、決して認めない自我を作り出したのだ。

私は怒ってなんかいない。みんなそれぞれ必死なのだから、誰も悪くない。怒るべきではない。
私は悲しくなんかない。そんなことぜんぜん気にしない。私は強いから傷ついたりしない。
私は怖くなんかない。私は十分有能だ。私の能力をもってすれば、一人で生きていくことなんか造作もない。

そんな風に考える自我を作り出したのだ。

その日から、それが、それだけが、私自身になった。
その日から、その強がりを通し続けることだけ、自分に対する嘘をつきとおすことだけが、私の生きる目標になった。

嘘をつくために生まれてきた自我だから、どんな時でも完璧な理論で自分が正しいことを証明しなくてはならなかった。エネルギーのほとんどはその理屈を作り上げるのに費やされた。世界を正しく理解し、自分のおかれた環境を正しく理解し、理路整然とした誰から見ても正しそうな意見を持ち、いつも正しくみえるように振舞う。それだけが、自我のなすべきことだった。

間違いを犯しても、間違いだと自分で認めず、ささっとフォローして、間違いなど何もなかったように振舞う。

それはもちろん正しく見える行為ではないことは分かっている。
だから絶対に間違いや失敗がないように、必死になる。
苦手なことは克服することなど考えず、逃げる。
できそうもないことは、はじめからしない。

それでも間違ったとき、失敗したときは、隠蔽する。自分に対しても、他人に対しても。

謝ったら最後なのだ。間違いを認めたら、おしまいなのだ。自我にとっては。
何十年間と、積み上げてきたものが、全て崩壊するのだ。

自分の犯した犯罪に重大な罪悪感を持ち、逃げ続ける犯罪者と似ている。
逃げている時間が長くなればなるほど、びくびくする。
些細なことから全てが発覚するのではないかと恐れ、ヒステリックになる。
自首すれば楽になれるかと思うが、自分からはできない。

しかし、自我は犯罪を犯したとは思っていない。
自分は正しいと主張する。
罪悪感も認めない・・・だが、心の奥底から罪悪感が呼びかけるのだ。

そう、自我は自分が全てだと息巻いているが、本当の自己を永遠に封印することなど、できないのだ。

この数年間、私は自分を愛し、人を愛せる人になりたいと思い、そうなるように努力してきた。
心の中の優しい私に意識の中心を合わせるようにし、その気持ちから自分にも人にも接するように心がけてきた。
神と愛と人間について書かれたスピリチュアル系の本をたくさん読み、神とつながっている自分、光の存在である自分をイメージした。
今考えれば、それが、真の自己を強めることになっていたのだ。

「自分を愛し、人を愛せる人になりたい」という目標には、自我も同意した。自我にとっても、自分で自分を誇れること、誰から見ても正しい理想的な人間に見られることが、自分の基盤を磐石にするために役に立つと思ったから。でも、その目標が出てきたのは、真の自己の中からだった。

バッチフラワーで、心の奥にある感情を癒そうとした。自我はそんな非科学的なものと言いながらも、自己暗示みたいなものだから悪くはないと理屈を付け、了承した。バッチフラワーは幾重にも重なった私の感情、不健全なプライド、迷い、否認、逃避、罪悪感、無気力、不安、恨み・・・タマネギの皮を一枚一枚むくように、癒していき、最後に怒りの層に行き着いた。自分でもびっくりするほどの激しい怒りの感情がほとばしり出たとき、それを冷静に見ている自分がいたことを覚えている。それがあまりに激しかったので、これこそが全ての問題の根源だと思った。私の中にはもう問題がないと思った。実際それから1年半は、平和で幸せだった。ほぼ理想的な状態と思っていた。今思えば「もう問題がない」とか「理想的」などと思うこと自体が、自我が自らの生き残りに成功して、ほくそ笑んでいる証拠だった。

それから、オーラソーマに出会い、魅かれた。バッチフラワーで感情を癒した次は、魂の目標、生きる意味を知り、それに向かって生きたいと思うようになっていたのだ。それもまた、真の自己の願いだった。
タロットやオラクルカードを買ってみたりもした。

オーラソーマやタロットを実践してみる過程で、自分の中に神様や天使と右脳的直感でつながろうとするのを妨害する要素があるのに気づいた。自我は神秘主義的なオーラソーマを面白いとは思っても、信じることはできなかった。全部自分で答を出してきた自我は、神様や天使に質問することなどないからカードを引く理由がないと言った。

それでも、私は毎日オーラソーマを続け、カードを引き続けた。

この過程で、自我と私自身は分離し始めたのだ。

さらに、ホ・オポノポノに出会った。

「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」

心の中で唱えるとき、「ごめんなさい」と「許してください」が微妙に引っかかった。
それでも、その引っ掛かりを無視して毎日何度も唱え続けた。

そして、決定的な出来事が起こった。

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すべての小さな物事への愛

この世界には無数の命がある
全ての命は一つの大きな生命の一部
必要ない命はない

この世界には無数の出来事がある
全ての出来事は一つの大きな歴史を形作っている
必要ない出来事はない

わたしの心の中には無数の心がある
全ての心は私だけのものじゃない
人類全体にとって大切な心
必要のない心はない

たくさんの小さな心、たくさんの小さな気持ち、たくさんの小さな叫び
わたしは捨ててきてしまった

わたしを悩ませるもの、煩わせるもの、苦しめるもの
みんな要らないといって、捨ててきてしまった

そして、わたしの心は空虚になった

それはわたしが望んだことではなかった

恐れがあるから、喜びがある
悲しみがあるから、喜びがある
怒りがあるから、喜びがある

恐れも悲しみも怒りも、愛しい心

わたしの歩いてきた道を戻って、拾い集めよう
砂を払って、胸に抱いて、ごめんねって言おう

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神に背いていた私

恐怖に対して、私のように、思考で対抗する人はどれくらいいるのだろう。

恐怖を前にして、ある人は、ただ震えて助けを待つのかもしれない。
ある人は、考えるより闇雲に行動するのかもしれない。
ひたすら前に走るとか、ひたすら大声で助けを呼ぶとか。

助けを待つとか、助けを求めて走る、叫ぶという時、「救いの神」を求めているのだ。
恐怖から救ってくれる人が現れた時、たいてい、その相手を「救いの神」と呼ぶではないか。

でも助けを待ち続けても、走り続けても、叫び続けても、状況が変わらなかったら、救いの神が現れなかったら、最後には、やはり人は考えることに救いを求めるのではないだろうか。

神を頼らずに、自分の思考に頼るということ。それは神に背をそむけること。
そこに悪魔が付け入る隙が生まれる。

子供ははじめ、自分の両親を神のように慕う。
自分をこの世に生み出してくれた存在であり、衣食住の面倒を見てくれる存在であり、安心と愛情を与えてくれる存在なのだから、子供にとって両親は神そのものだ。

しかし、両親がいつも安心と愛情を与えてくれるとは限らない。
子供はやがて、両親もただの人間であることを知る。

宗教が教える神様がいなくなってしまった今の日本で、子供たちはどこに救いを求めたらいいのだろう。

祖父母や親戚、学校の先生や近所の大人の中に、代わりとなる人がいれば良いが、それもいない場合は、どうなるのだろう。

親友や異性に救いを求める子供もいるだろう。

でも、私は誰にも救いを求めなかった。両親がともに人を信じていない人だったから。
私は家の外の世界よりは、両親を信じていた。両親が信じないものを信じる理由はなかった。
家の外の世界よりは、家の中のほうがまだ安心できると思っていた。

でも、成長するにつれ、その両親も当てにできないと感じるようになった。
当てにしていたら、自分が傷つくだけだと思うようになった。

それで、自分の中に神を作ることを考えた。自分の中に想像上の神を作って、「神がいるという考え」に頼るようになった。

そのときから、私は、両親(特に父親)を裏切ったような罪悪感を感じるようになったのだ。
救いの手を拒絶して、自ら殻に閉じこもったことで、両親を傷つけた報いがあるのではないかと恐れた。

自分にとって都合のいい自分の神を作るという行為自体が、罪を犯しているような後ろめたさも抱えることになった。

思考により神を作るということは、神の存在を否定していることになる。

もし本当に神がいるなら、私はそれに背いている。

私の中には自分が罪深い、汚れた人間だという意識が常にあった。

でも、自分が作り上げた思考という教義は、もはや私の一部、いや私そのものになっていた。捨てることなど、とうていできなかった。

世界中を敵に回したような気分だった。隠れて生きていくしかないと思っていた。

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恐怖

子供の時、夜、ふとんに入って目を閉じると、いつも必ず浮かんできた恐ろしいビジョン。

眼前に広がる漆黒の闇。立っている足もとの砂が斜め下にくずれていき、闇に引きずり込まれそうになる。一生懸命走って逃れようとするけれど、走っても走っても、どんどん足元がくずれていき、永遠に逃れられない。

恐ろしさに耐えられなくなって、目をあけると、いつもの天井。

今度こそ別のビジョンを、素敵なお花畑にいる自分を想像して目を閉じると、また同じビジョン。

その闇から逃れる方法をたくさん考えたけど、すべて無駄だった。

いったんそのビジョンに取りつかれてしまうと、何度繰り返しても逃れることはできなかった。

心の中にぽっかり空いたブラックホール。

恐怖はいつもすぐそばにあった。

この世界は恐ろしい。生きていることは恐ろしい。不安で不安でたまらなかった。

お父さんも、お母さんもいる。快適なお家がある。自分の部屋がある。毎日おいしいご飯を作ってもらえる。

それでも、怖かった。

世界が怖かった。

この恐ろしい世界から、自分を守ってくれるものはいない。

頼れるのは自分だけ。そう感じていた。

この恐怖から逃れるために、人に助けを求めようとは思わなかった。

いや、もちろん、普通の子供と同じように、はじめは両親から愛情と安心を得ようとした。でも、ある時あきらめたのだ。そんな不確実なものに頼ることは、不安を増すだけだと思ったから。自分自身に頼るほうが、確実だと思った。

頭の中で、必死に考えを組み立てた。自分を安心させる考え、恐怖を否定する考えを。

考えの上にさらに考えを組み上げて、思考の強固な城を築いた。

自分の考えに合うものだけを取り入れて城を補強し、合わないものを無視し、排除して、その城を守ろうとした。

私の左脳は、恐怖の感情を制圧するために、発達した。

「私は賢い、私はすべての問題の解決法を知っている、私が対応できない脅威はない。」

そう自分に信じさせることで、恐怖から逃れようとした。

そのために、勉強した。

そのために、自分を守る理屈を作り上げた。

その城の中にいれば安全だった。

他人は全て、私の城を攻撃する敵だった。

もしも私の城の構造を知られたら、私の城の脆弱性が明らかになってしまうかもしれない。そうしたら、私の安全の基盤は崩壊する。

だから、私は人との交流を避けた。

一人でいる限り、安全な私の城。

私が私の城を信用するために、私は自分の城を自画自賛し続けることが必要だった。

そのうち城は、私そのものになった。

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「分かる」という狂気

「分かる」という漢字の「分」は上の二つの線が離れているんですね。
「今」とか「食」とかはくっついているのに。
上部分の部首の名前はたしか、「ひとやね」というはずです。
「人」の意味なんですね。
「分かる」の「分」は人を刀で2つに切り分けているのです。
そう考えると、恐ろしい字ですね。

私たちは、生まれてからいろいろなものを見聞きし、学んできます。
空が青いことを知り、春には花が咲くことを知り、水は冷たいことを知り、ご飯が美味しいことを知ります。
これらの学びは五感を通した体験であり、自発的なものです。
正しいとか間違っているとかの判断はそこにありません。
ただ、自分がそう感じたという経験であり、魂に刻まれる記憶です。

これに対し、学校の勉強とは教科書に書いてあることを覚えることであり、教科書に書いてあることとは、人間社会が作り上げた事実と言う名の共同幻想です。

そして、そこに、「○」か「×」かという判断があります。

算数では、1+1=「2」であり、「2」と答えた生徒は「○」をもらいます。
「2」以外は「×」です。
1+1=「2」と答えられるようになることが、「分かる」ということです。
「分別」という言葉もありますね。
これは「○」で、あれは「×」と判断できるようになることが「分別」です。
学校の勉強では主に「分別」を教えています。
そして、「×」は必要ないものとして切り捨てられてしまいます。
さらに、○×を積み重ねて点数化することにより、「×」は必要ないどころか、忌まわしいもの、存在してはならないものというイメージにまでなってしまいます。

たとえば窓ガラスに付いた雨粒が2つ、ころころ転がってドッキングしたら、どうなるでしょう。2つの雨粒は大きな1つの雨粒になります。

2人の人間が協力して何かに取り組んだらどうなるでしょう。べつべつに取り組んでいるときにはなかった、新しい発想が生まれ、やる気も根気も2倍以上になって、素晴らしいことを成し遂げるかもしれません。

雨粒の場合は、1+1=1です。
人間の場合は、1+1=創造です。

「分かる」とは、学校や社会が決めた基準に従い、多様なイメージを全て切り捨ててしまうことです。

算数の時間に雨粒や人間のことを考えてしまい、1+1=「2」だと割り切ることのできない生徒は落ちこぼれます。

割り切ることが得意な生徒は、着々と良い点をとって、偏差値の高い学校へ進学し、政治家や官僚や医者や教師や弁護士など、「先生」と呼ばれるような職業に就きます。

私はというと、割り切るのが「超」得意な生徒でした。良い点数を取る人を世間では「頭が良い」と言って尊敬する傾向がありますが、ただ割り切るというやり方を初めから知っていた、または幼いうちに体得してしまったというだけのことです。

割り切るということは、正解以外をあっさりと亡き者にするということ。その考え方は、人生の全ての面に影響を及ぼします。

人の心の中には本来、多くの葛藤があるはずです。自分を守りたい思い、相手に気に入られたい思い、自分が勝ちたい思い、相手に喜んでもらいたい思い、たくさんの思いがあり、あちらを通すとこちらがかなわないと言って悩みながら、何らかの決断を下して行動に移した後も、あの時こうしたほうが良かったのではないかと思い返し、次の判断に活かしていこうとするのが、たぶん正常です。

割り切るのが(超)得意な人は、自分の心さえも割り切って、正解以外を切り捨て、亡き者にしてしまいます。
自分の欲から出た意志を通すか、相手に譲るか2つの考えの間で、やや考えた後、自分の意志を通すと決めたら最後、相手に譲ることも考えていた優しい自分のことは、切り捨てて亡き者にしてしまいます。自分は強欲で非情な人間であり、優しさはかけらも持ち合わせていないし、この生き方が唯一の正解だと決めつけて、進んでいきます。次に同じようなことがあれば、今度は迷いなく「正解」を選びます。そうやって、自分の心の中の多様な部分をつぎつぎ葬り去って、自分とはただ一つのシンプルな存在であり、絶対的に正しい存在だという確信を積み重ねていきます。そうやって生きている人は、葛藤の中でもがきながら生きている人から見て、シンプルで迷いがなく、自信にあふれて見えます。そういう人を世間ではうまく適応しているとし、「正常」と見なします。でも、そういう人こそ「病気」です。

なぜなら、その生き方を続けていけば、どんどん自分を狭め、息苦しくさせるのです。本来無限の可能性を持った豊かな自分の大部分を自ら切り捨てていくのですから、自殺行為なのです。

そして、切り捨てて完全に無にしてしまうことなど、実はできないのです。切り捨てられた部分はいつまでも決して消えることはなく、不満とうらみを募らせながら、自分の内奥で渦巻いているのです。そのエネルギーははけ口を求め、それが噴出するきっかけを引き寄せます。そのきっかけとは、例えば、思い通りに行かない仕事や、なぜか気にさわることを言う同僚、理不尽な事故、病気などです。それは神様のプレゼントです。

「分かる」ということは、本来すべてが等しく尊いはずの無限の世界を、自分の都合だけで、切り刻んで生命自体を殺そうとすること。

「分かる」ということは、人間の傲慢。

私はこの度初めて、「謙虚」という言葉が表そうとする感覚は、これなのかなと思う感覚を感じました。

「謙虚」と言う言葉の意味が「分かった」のではありません。ただ新しい感覚を感じ、これが「謙虚」と言う感覚なのかもしれないと感じたのでした。

きっと根っから謙虚な人には、この感覚は空気と同じようなものなのかもしれません。傲慢の中で生きていた私にとって、その感覚は空気の薄いところから、必要十分な空気があるところへ来たような、ふっと楽になるような感覚でした。

「傲慢」があるから「謙虚」がある。

そう思うとこれまでの人生も愛しく思えたりするのです。

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「私」って誰?

「我思う、ゆえに我あり」と言ったのはデカルトですが、
デカルトの言う「我(われ)」とは、理屈でものを考える、頭の中の電気信号の産物。
その考えるエネルギーはどこからくるのか。
「命の喜び」という健全な源から発した考えならば良いのですが、多くの場合、「恐怖」という負の感情を源にしているのです。
恐れの感情エネルギーから生まれた「自我」は、いったん生まれたら、自己保存のためにそれが宿る肉体の生命エネルギーを吸い取って生き続けるのです。それが時には全ての生命エネルギーを吸い尽くすこともあります。

自殺とは自我によって肉体が殺されることを言うのです。

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上の図は漢方や算命学の基本となっている中国の思想、五行思想をあらわしたものです。

実線の矢印は「相生の関係」といい、エネルギーを与え、相手を生かす関係です。木は火を生じる、つまり、木が燃えて火が生じます。木は火が燃焼するエネルギーとなり、その結果木のエネルギーは減少します。

点線の矢印は「相剋の関係」といい、エネルギーを抑え、相手を殺す関係です。
木は土を剋する、とは木が生えることによって土は養分を吸い取られ、やせるということです。木は土からエネルギーを吸い取って伸びるわけです。

他の五行も同様に説明できますが、ここでは省きます。

五行には五味や五情、五志、五徳などいろいろなものを当てはめて説明することができます。図に書いてある「怒、喜、思(考)、悲、恐」は五志です。

図から、「恐」が「怒」を生むことが分かります。恐怖を感じた人間は、その恐怖を与えた人や状況に対して怒りを覚えます。怒ることにより、恐怖を減らすことができます。

また図から、「思(考)」は「恐」を剋することが読み取れます。
つまり、「たくさん思い、たくさん考えることで、恐怖を押さえ、減らし、克服することができる」ということです。
恐怖を克服するために過剰になった「思い、考え」は「悲しみ」を生みます。
「悲しみ」はさらなる「恐れ」を生み、「怒り」を打ち消します。
かくして「喜び」は生まれません。

喜びだけが良いもので、あとの4つが悪いものであるというわけではありません。
五行はすべてこの宇宙に存在し、循環しているもので、良い悪いの区別はありません。あえて良い悪いを言うなら、循環していることが良く、滞っていることが悪いことです。五行の滞りがすなわち「病気」と言うことです。

五志の中で「怒り」と「喜び」がどちらかと言うと「陽」であり、「悲しみ」と「恐れ」が「陰」であり、「思考」は中立的なものです。「喜び」から生まれた「思考」は「陽」であり、恐れを克服するポジティブな力を持ちますが、「恐れ」に対抗するために生み出された「思考」は「陰」であり、同じ陰である「悲しみ」を生みます。

私は前に、「私は私が大好き」と書きました。
「私は私を愛する」ということと、「私は私を好き」ということは、まったく別のことなのです。

「私は私を愛する」というときの「私」とは自己、つまり「全体としての私」「宇宙と同じくらい大きな私」のことを意味します。

しかし、「私は私を好き」というときの「私」とは、自我、つまりデカルトの言う「我」、私は私だと考えている私のことなのです。

そして、私の自我は恐怖から生まれました。すべてではないかもしれませんが、少なくとも「私は、私は、」としつこいくらいに自己主張する「私」は、恐怖から生まれた部分でした。

私の自我の生まれる源となった恐怖が、今になってよみがえったのです。

封印されていた恐怖の感情が開放されたとき、私自身の表面を完全に覆っていて、私をして私そのものだと思わせ、私を恐怖から完全に防御していた私の自我は、痛みと共に引きちぎられるように私自身からはがれました。なくなってしまったわけではありませんが、私そのものと言う顔をしていたのが、私の中の一部でしかないという存在に降格しました。

今の私は自分が何者か良く分かりません。色々本で読んだ知識から考えて、今のほうが前よりも健全な状態なのだろうと思いますが、この状態に慣れていないので、大変頼りない感じがします。

この頼りなさをいいことに、私から遊離した自我は自分の存在を抹消されまいと、やっきになって自己主張し、私を負の感情に誘う思考を展開しています。

自分の存在が消えると言うことは、自我にとって、とても恐ろしいことなのです。

消えろと命じて消してしまうほうがいいのか、そもそもそんなことはできないのか、愛を持って存在を認めるのが良いのか、今のところ良く分かりません。

五行の考え方を活用すると、「思考」のところに大量に滞っていたエネルギーを循環させればよいと言うことなのですが・・・まずは莫大な「思考」を「悲しみ」のほうに流せば良いのでしょうか・・・もう流れていっていますが・・・そうすると次は「恐れ」で、「怒り」があって、「喜び」にたどり着くのは最後ですね・・・はぁ・・・

経験のない人には意味不明ですね。珍しい出来事なので、記録として残しておこうと思って、自分のために書きました。

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