2011年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

おすすめリンク

無料ブログはココログ

光の柱!・・・と雲

Pc090489静かな朝。刻々変化する朝焼けの色に見とれていました。

Pc090503

Pc090505 オレンジ色に照らされて輝く雲の最も明るい部分を見つめていると・・・

Pc090510 光の柱が出現!6時58分でした。

Pc090517 オレンジからピンク、水色へのグラデーション。私はこの色が大好きです。雲がオレンジの光を受けていろいろな色を見せてくれます。もし雲ひとつない空だったらそれはそれで綺麗でしょうが、こんな複雑な表情は雲さんがあってこそです。この世もいろいろな人がいるからそれを楽しめるのですね。

このあと太陽さんは上の雲に隠れてしまいました。

Pc090529

ちょっと雲さんが憎らしくなるけど、太陽さんがこの世からいなくなってしまったわけではないのだから、大した問題ではないのだ!雲さんがいるから、再び太陽さんのありがたみもかんじることが出来る。雲さんが雨を降らせるから、この世には植物さんをはじめとする私たち生物が生きることが出来る。ありがとう、雲さん!


保険外交員の母

いつも神様には感謝していますが、今日は特に神様に感謝したいことがありました!

その前に、この世界に対して、腹の立つこともありましたので、そちらを先にご報告させてください。

私は寒い季節、早朝の通勤電車の中で、あったかいミルクティーを飲むことに大きな幸せを感じるのです。
寒い中を歩いて駅まで行くと、そこにあるコンビニで缶かペットボトルのミルクティーを買いたい誘惑にどうしても勝てなくて、買ってしまいます。
でも市販のミルクティーはちょっと甘すぎるのと、乳化剤の味なのか、変にねっとりした感じが気持ち悪いのと、缶もしくはペットボトルの味が移っているのとで、味的にも今一つだし、頻繁に飲むと体に悪そうなので、最近は保温ボトルに自分でミルクティーを詰めて持っていくようにしていました。

でも、今日は、ちょっと寝坊したので作っていくことが出来なかったのです。そして、寒い中を歩いていくと、やっぱりコンビニのミルクティーの誘惑に勝てなかったのです。「たまにはいいか♪」と思ってコンビニに入り、ミルクティーの棚を見ると、そこには新しい種類のミルクティーのペットボトルがありました。新しいものをすぐ試してみたくなる私は、電車の時間が迫っていることもあり、よく見もしないでそれを買ってしまいました。

列車の座席に着いて、楽しみにそのペットボトルを見ると、そこには「牛乳と豆乳のブレンド」!「脂肪分ゼロ」!「アセスルファム」その他の人工甘味料の名前が!

今までにも何度か間違ってカロリーオフとかうたわれたカフェオレを買ってしまい、あの人工甘味料の気持ち悪い甘さに耐えながらも飲んで、それからカフェオレを買うときは慎重に原材料表示を見て、人工甘味料が入っていない、出来れば乳化剤も入っていないものを選ぶようにしていたのに!

カロリーとか気にするんなら、お茶飲みなよ!

私は甘いものが欲しいときは堂々と砂糖が欲しいんです!
まったりミルキーなものが欲しいときは堂々と脂肪分たっぷりの牛乳とか生クリームが欲しいんです!

でも買ってしまったので、一応飲んでみました。
一口飲んで「うわ!まずい!!!」
ちょっと心を落ち着けて、もう一度心の準備をして飲んでみると、「うわ!やっぱりまずい!」

これはとても飲めるものではないと感じました。
口に入ってきたときの感じがぬるっとしてとにかくおぞましい感触。喉を通ったときに残る邪悪な偽の甘さ。

よくカフェオレで人工甘味料のわなに引っかかっていたときは、たいてい、「甘さ控えめ」といううたい文句にだまされていたので、人工甘味料を使っていても控えめな甘さでなんとか飲めたのですが、これは人工甘味料てんこ盛りで超アマなんですよ!

だれがこんなもの美味しいって言って飲むんでしょう!

それでも私はもう一口だけ飲んでみました。そしてこれは捨てるしかないと決断しました。

こんなものを作って平気で売っているなんて、この世は狂っております。いま「平気」を変換しようとしたら「兵器」と出ましたが、まさにこれは「兵器」です。「売って」も「打って」と出ましたが、悪の勢力が「兵器を」「打って」いるのです!

私は愛するこの地球を、こんなものがない世界にするために神様のために働きたいと思います。まずは、ここに告発してみました。

でも悪いものを糾弾するのは、悪の手法と同じなので、私はより良いものを応援し、増やすほうに頑張りたいと思います。

そして、神様に感謝を捧げたいと思った良い話に移ります。

今日はお世話になっている保険の外交員さんが来ました。この人に今日私は、とても感動して、こういう人がいる世界に感謝したのです。

私は子供の頃、家にやってくる保険のおばさんを見て、「将来この職業にだけは就きたくない」と思ったものです。子供の私の目には、自分のお金のために、人のお金と人生を数値化して秤にかけて口先で丸め込んで、時には強引に騙し取る職業としか思えなかったのです。

でもこの人は全然違います。大きな、強い信念という形の愛を持って、自分の仕事に誇りをもって、謙虚に真面目にやっていらっしゃるのです。私が抱いていた偏見を解きほぐすために神様がおつかわしになったのでしょう。ありがとうございます。

私たちのところでは小さな会社をやっていて、地球の愛を伝え、人々の心を元気にするためのささやかなアイテムを販売しています。その保険外交員さんは、今までも、今回もそのアイテムを買ってくださって、他の彼女のお客さんにプレゼントしているのです。私たちには彼女が別のところで買ってきた、これまたやはり愛のこもったアイテムをいつも持ってきてくれます。今日は農家のお母さん手作りのケチャップでした。前にも一度いただいたことがあるのですが、これも本当に美味しいのです。そうやって彼女はステキなものを見つけ、ステキな人と人の心をつないでいるのです。それがきっと彼女の営業成績にも自然とつながるのでしょう。ステキな人はこの世界で他にもステキな人がいると思えば、もっと元気が出て、もっとステキになれます。彼女のような人がいるから、ステキな人が他のステキな人の存在に気付けるのです。それこそが保険外交員という仕事の本筋なのだと思いました。というより、全ての仕事の本筋なのだと思いました。

このひとは、ナイチンゲールが看護婦の母として今も尊敬されるように、保険外交員の母として尊敬されるようになってもいいくらいの人だと私は思いました。

神様、今日はこのことを教えてくださり、ありがとうございました!

まんまる太陽さん

今朝は雲ひとつない空!まんまる太陽さんが地平線から上がってくる瞬間を拝むことが出来ました!

ほら!
Pc020464

こちらが太陽さんが現れた瞬間です。
Pc020430
よく見ると地平線近くに雲がうっすらあって、厳密には地平線から上がってはいないけど、細かいことは気にしない!

Pc020465
日の出直後の太陽さんは、優しい光なので、じーっと凝視しても目が痛くなったりしません。

ステキな太陽さん、ステキな光をありがとうございます。

今日の私の心を惹いた植物さんたち

Pb270391
ナナカマドの真っ赤な実。
植物の実って、赤が圧倒的に多いですね。何故なんでしょう。

Pb270393
刈りこまれたドウダンツツジからひゅうっと伸びた新芽。

冬の赤はステキですね!

今日の空

Pb250375
次々と流れていく景色を、車窓から撮るのは難しいのだけど、だからこそ、夢中になります。
今日撮れた中で一番お気に入りはこれです。あの雲の向こうへ行きたいと思ってしまいます。

今日のご来光

Pb240304
日の出直前、6時44分。澄んだ空気に期待感がみなぎります。

Pb240308
今日のご来光!6時45分。太陽さん、おはようございます!ありがとうございます!

「ご来光」ってYahoo辞書でしらべたら、「高山の頂上で見る荘厳な日の出」の意味だそうですけど、通勤電車から見たって、ベッドの上で見たって、どこで見たって、日の出は等しく荘厳です。だから全て「ご来光」です!私はそう思います!

晩秋の街 11月23日

今日は祝日。お休みでした。晩秋の街をお散歩してきました。

Pb230259
石垣の割れ目から頑張って生えている草も紅葉してました。

Pb230260
これはサトウカエデだと思うのです。カナダの国旗にもなっている葉っぱ。
メープルシロップ大好きです。メープルシロップといえばホットケーキですね。ホットケーキにはメープルシロップと同時にバターも欠かせません。ああ素晴らしいわ。地球には美味しいものがたくさんある!神様ありがとう!

Pb230263
とっても素晴らしい樹形のイチイの木を見つけました。こんもり!このイチイさんは、自分の持って生まれた遺伝子を完璧に発現できて、きっと喜んでいるんじゃないかと思いました。

Pb230266
資料館の前のバラさんたちはもう冬囲いされてました。

Pb230267

上の写真とほぼ同じ場所から撮った去年の10月3日撮影の写真がありました↓
Pa030003

10月初めまでは咲いていたんですね。年々春と秋が短くなっているとかいう話をどこかで耳にしました。冬も好きですけど、もう少しゆっくり秋を楽しみたいです。

Pb230265
ホットココアって、なんだか今の季節にぴったりの名前だなあと思って思わず撮ってしまいました。でもバラだから、花はきっと夏ぐらいに咲くんですよね。夏のホットココア。なんだか微妙。来年どんなチョコレート色のお花が咲くのか、楽しみです。絶対見に来ますね。

Pb230268
これは、アカナラの葉っぱ。芸術的な形です。ドングリ一族はみんなそれぞれ特徴的な形の葉っぱを持っていますね。

Pb230272
これはユリノキの葉っぱ。別名ハンテンボク。半纏みたいな形の葉っぱだから、ハンテンボク。

Pb230271
これがユリノキです。きれいに黄葉してます。

ユリノキを見て思いました。ユリノキは、ハンテン型の葉っぱしかつけない。ユリノキは自分のハンテン型の葉っぱが大好きなんだ。アカナラのギザギザの葉っぱが素敵だなとか思っても、やっぱり自分の葉っぱが一番好きなんだ。自分の葉っぱを愛して自分の葉っぱをひたすら生やすこと。それが生命の喜びなんだ。自分を愛し、自分をひたすら表現すること。それが生命の喜びなんだ。

ユリノキさん、ありがとう!

Pb230277
こちらの立派な木はケヤキさんです。

Pb230278
素晴らしい黄色っぷり!

Pb230287
とても素敵な形の葉っぱです。私、アズキナシさんの葉っぱがこの世で一番好きなんですけど、その次に好きかも。あ、でもハクウンボクさんのまあるい葉っぱも好きなんです。気が多い私。葉っぱはそれぞれみんな違う味があって、みんな大好きです。

Pb230276
ドウダンツツジさんは真っ赤になっていました。晩秋の灰色の街を彩る赤と黄色。素晴らしい植物さんたち。

写真を撮りながら、歩きながら、思ったこと。

 自然の中に素敵と感じるものを見つけて、素敵だねと言うことは、神様をたたえること。

 こうして素敵なものを写真を撮って、ブログにアップすることは、神様に話しかけること。

 素敵なものを表現しようとするすべての営みは、神様に捧げる贈り物。

 幸せだから感謝するんじゃない。

 感謝するから幸せになる。


 

最後に、こんな看板を発見。

Pb230292
札幌市中央区土木部の人、私の大好きな街路樹さんたちの面倒を見てくれてありがとう。
Pb230293_2
プラタナスさん、春になったら元気な葉っぱ出してね。

車窓の風景11月22日

人の役に立ち、自分にしか書けない文章、自分の中から出てくる最も深く、最も真理に近い内容を書かなければならない、なぁんて、自分に課していたハードルが高すぎて、全然書けなくなってしまいました。

ブログの文章だけでなく、全てのことに対して、そういう傾向がある私。
いろいろやりたいと思っても、自分の中で先走る高すぎる理想に負けて、結局何もしない。

何もしなけりゃ、何も始まらない。

だから思いっきり自分の中のハードルを下げてみることにしました。

今までと全然違うかもしれないけど、よろしくお付き合いください。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

今日の朝の通勤列車からの、車窓の風景です。Pb220240_2

日の出時間は過ぎているはずなんですが、、遠くの雲が邪魔して、明るい灰色の朝。

Pb220244

空に向かって伸びるオレンジ色の光!この光が撮りたかったのです~~!神様ありがとう!

Pb220256

結局今日は、オレンジ色の丸いお日様は拝めなかった。でもこの淡い光もステキ。

今日は、お・わ・り!

陰陽論

算命学の基本原理、陰陽論について学んで、自分なりに理解し、考えたことを文章にしてみます。

宇宙は陰と陽から成り立っています。陰と陽は宇宙全体で見ると、ちょうど半分ずつを占めています。どこかで陽が増えるとき、必ずどこかで陰が増えています。陰陽は固定したものではなく、陰は陽、陽は陰に、絶え間なく変化し、循環します。これが宇宙の理です。
Photo
宇宙の陰陽の理を図に表したのが、上の太極図です。白い部分が「陽」、黒い部分が「陰」を表します。この円は時計回りに常にぐるぐる回っています。「陽」が大きくなると、その中に一点の「陰」が現れます。そして、一気に「陽」から「陰」へと転じます。「陰」が大きくなると、その中に一転の「陽」が現れます。そして、一気に「陰」から「陽」へと転じます。

陰陽は相対的なものです。何か一つのもの、一つの概念を見るとき、必ず陽と陰の半分ずつになっています。例えば「光」に対して「闇」、「大」に対して「小」、「個」に対して「集団」、「発散」に対して「収縮」、「分離」に対して「和合」、「男」に対して「女」、「精神」に対して「肉体」です。

季節を陰陽で見ると、春~夏は「陽」、秋~冬は「陰」です。春から夏にかけて、太陽のエネルギーにより大地が温まり、草木が新しく芽吹いて伸び、花を咲かせます。これらは「陽」の働きです。秋から冬にかけて、太陽のエネルギーが減少し、春から夏の間に植物が蓄えた太陽のエネルギーは、一個の実、あるいは根に凝縮され、地上の葉は枯れ落ちて、寒々しく死んだような状態になります。これらは「陰」の働きです。

陽の極みに咲く花が受粉した瞬間、「陽中の陰」が出現し、陰の世界である淘汰、結実の方向へ向かいます。
陰の極みで、地中に落ちた種や、樹木の先端の冬芽に「陰中の陽」が出現し、陽の世界である発芽、伸展の方向へ向かいます。

秋から冬の陰の世界があるからこそ、春から夏の陽の世界があります。陰の世界の「淘汰、蓄積、動かずじっと待つこと」が、陽の世界の豊かな発展のために必要不可欠なのです。

緯度の高い地域では、春~夏より秋~冬の期間の方が長くなります。草木の根は長い間雪の下で待つことになります。より緯度の低い地域に比べて、陰の期間が長いぶんだけ、花の美しさは増し、春は爆発的で感動的なものになります。

人間の一生は季節と酷似しています。赤ちゃんが誕生するのは陽の始まりです。10代は青春という言葉通り、季節にたとえれば春です。小さな芽がたくさん吹くように、なんでも新しいことに興味を持ち、いろいろな可能性にチャレンジします。

20代~50代の働き盛りは夏です。植物が茎を伸ばし、葉を茂らせるように、手がけたものを発展させ、社会のために物やサービスを生産します。

花を咲かせて受粉したら陽の時代の終わり、陰の時代の始まりです。人生を振り返り、反省し、次の世代に残すものを選別し、まとめます。植物に例えれば、葉を落とし、果実を太らせる作業です。

果実が完熟し、大地に落ちるとき、それが肉体の死です。冬の間、植物の種が地中に埋もれ、雪の下で次の春をじっと待つように、人間は墓に入り、肉体から開放された魂は天に昇り次の生を待ちます。

現代では、死後の世界は見えないから信じないという人も多いようですが、このように考えるとき、死後の世界や輪廻転生は存在するのが当然の理なのです。人間も宇宙の一部なのですから。

これらのことをよく理解して、宇宙の理に沿って生きるとき、健康で穏やかな人生を送ることができます。全ての病気はこの理を知らない、または拒否していることから来ると言えます。死を恐ろしいものとして拒否し、いつまでも花を咲かせ続けようとすることは、宇宙の理に反します。

人生において、花を咲かせるとは仕事や恋において自分らしさを最大限に輝かせることであり、受粉するとは女性の場合、子供を産むことです。ですから、宇宙の理として、女性は子供を産んだら陰の世界に入るのです。自分の実を育て、次の時代の種子を育むために生きるのです。実をつけた植物がそれ以上花を咲かせるのを止め、余計な枝葉を落とし、全てのエネルギーを、実を完熟させるためだけに注ぐように、家庭に入り、家の中を掃除し、気持ちよく整理整頓して、子供にとって有害なものを排し、栄養となるものだけを与えること。それが宇宙の理に従った生き方なのです。

男性の場合は、結婚して子供が生まれたとしても、それは男性にとっての結実ではありません。男性にとっての結実とは、次世代のためになる仕事の基盤を作り上げ、それを託すべき後継者を見つけることです。それが実現するまで、男性は陽の世界を生きることになります。

男性が主に陽の世界を、女性が主に陰の世界を担当することで、人間社会は長らくバランスが取れていたのです。

現代社会の精神の荒廃、魂の渇きは、人々が陰の世界の重要性を忘れ、これまで陰の世界を担当してきた女性が男性と同じ陽の生き方を志向していること、社会もそれを奨励していること、あるいは強いていることよると私は思います。陰陽のバランスが大きく崩れて、陽に偏っているのです。物質文明は陽、精神文化は陰、目に見える世界は陽、目に見えない世界は陰です。陰の世界の充実なくして陽の世界の繁栄はないのです。

しかし、私は昔に戻るべきだとは思いません。これだけ物質的に豊かになった今、女性と男性の社会的な性差をなくそうとするのは人類の自然な進歩でしょう。これからの時代は、個人個人が陰の世界を充実させていく時代です。女性も男性も等しく、仕事や生産活動にかける時間を今よりも減らし、人生の半分を、緊張も義務も目標もなく遊ぶこと、美しいものを見て楽しむこと、心や魂が欲する書物を読むこと、宇宙に思いをはせ、人生についてとりとめもなく考えること、何もせずただ時間を過ごすことに喜びを感じることなどに振り向け、精神生活を充実させることです。

これまで女性だけが担ってきた子育てや家事や地域社会の維持といった、精神的な安心感を支える、金銭的に評価すべきでない、目に見えない陰の世界を、性別や年齢に関係なく、全ての人が少しずつ担当するようになるのが、目指す方向だと私は思います。

もちろん陽の世界に向いた人、陰の世界に向いた人、両方に向いた人がいます。(それは算命学により占うことが出来ます。)全ての人が無理に陰陽のバランスを厳密に取る必要はありません。陽の世界に向いた人は、より多くを生産活動に捧げ、陰の世界に向いた人はより多くを精神活動に捧げても良いのです。社会全体で見れば、自然にバランスが取れるはずです。

人々が目に見えない世界の重要性をしっかり認識すれば、「全ての人がお金を稼ぐべきだ」、「働かざるもの食うべからず」と言うことにはならないはずです。

陰の世界をメインに生きる人が作り出した、お金に換算できない目に見えない価値、すなわち芸術や人の心の温かさ、遊び心などが社会に幸福感を与え、安定を支えているという構図がしっかり認識されていれば、陽の世界をメインに生きる人が作り出した物やサービスを、陰の世界をメインに生きる人に無料で提供することは、ごく当然と思われるようになるでしょう。

 

今度はもっと視界を狭めて一人の人間の心の中の陰陽を考えて見ます。
「自信」という概念についての陰陽です。

自信がある時、何でもできる気分になります。いろいろなことに興味を持ち、実際にチャレンジします。自信を持ってやるから何でもうまくいきます。さらに自信を強めて、もっと難しいことにもチャレンジします。この状態は「陽」です。いい気分で、自分を好きでいられ、永続的にこうありたいと望みます。

しかし、いつまでもこの状態でいることは出来ないのが宇宙の理です。この状態には「陽中の陰」が存在します。本当に自信があるなら、なぜいろんなことにチャレンジする必要があるのでしょう。今の自信を元手にさらなる自信をつけるために、いろんなことにチャレンジして成功を重ねようとするのは、心のどこかで、今の自信が根拠の無い幻想であることを知っているのです。つまり、究極的には自信がないのです。それが「陽中の陰」です。

自信がないとき、何もできない気がして、全てに対して消極的になります。この状態は「陰」です。陰鬱な気分で、こんな自分はもう嫌だと思いながらも、そこから抜け出す自信がないので何もできません。

しかしこの状態も永遠には続きません。そもそも、自信がないくせに、なぜ何もせずにいられるのでしょう。それは、何もしなくても何とかなると心のどこかで思っているのではないでしょうか。それは究極的には自信があると言うことです。それが「陰中の陽」です。

自信があるという状態と自信がないと言う状態は、このように裏表です。人間はこの二つの状態を行ったり来たりする存在です。陰と陽はどちらが良くてどちらが悪いと言うことではなく、ただ同じものの裏表であり、絶えず循環するものです。

自信がある状態は陽の状態です。陽が極まり、いろいろなことに手を出せば、いつか破綻します。もともと心の奥にあった自信のなさ、精神的な空虚感が表面化するのです。そして自信がなく消極的な陰の状態がやってきます。陰が極まって、どん底まで落ち込んだとき、「それでも私は生きている」という事実に気づきます。生命の根元からくるゆるぎない自信を感じます。それがあったから観念的な世界で悩んでいられたのです。悩むことにより精神世界が十分に充実したとき、陽の世界への扉が再び開きます。

全ての人がこれを繰り返しますが、陰陽の振幅の大きさは人によって違います。陽の時、陽であり続けることにこだわる人は、やがて周囲を巻き込むような大規模な崩壊を起こして大きな陰の状態に突入することを宿命づけられます。陰の時、陰の状態に頑固にとどまり続ける人は、死ぬほどの絶望の後に生命の喜びを再発見することになります。

多くの人は、心を2つかそれ以上の部分に区切り、陰陽を同時進行で行うことによって、心の一部では悩み迷いながらも、別の部分で行動することができます。そういう人は他人から見ると悩みが少ないように見えますが、陰の部分を内側に隠しているのです。

うつ病や躁うつ病と言われる状態になるのは、もともと不器用で、心を区切るのが下手な人か、もしくは区切った陰の部分を否定して、無視し続け、バランスを崩した結果かもしれません。

しかしうつ病のような極端な状態を経験することによって、陰陽の貴重な学びを体で覚えることができます。
陽の時にやがて陰がくることを知っており、陰の時にやがて陽がくることを忘れない人は、振幅が小さくなり、穏やかな人生を送ることができるでしょう。
振幅の大きな人生と小さな人生はどちらがよいとか悪いとか言うものではありません。これもまた陰陽なのです。大きな波は陽、小さな波は陰。陰陽が入り交じってこの豊かな世界が形成されているのです。

一つ一つの魂を陽とするとき、そのすべてを含む宇宙は陰となります。陰と陽は本来同じものの裏と表です。陽があるから陰があり、陰があるから陽があります。宇宙の中に個々の魂があり、個々の魂の中に宇宙があります。陽は陰の父、陰は陽の母です。父は個々の意志、母は全ての源です。陰陽の交わりにより宇宙の万物が生まれ育つのです。

一つの魂が迷いと苦しみの闇の時期を抜け、澄みわたった光に満ちる時、宇宙のどこかで別の場所で闇が広がります。光は闇の犠牲の上にあり、闇は光を支える偉大なものです。闇の苦しみを知った魂にしか、光の喜びを感じることはできません。光と闇は愛の陰陽です。光とは愛そのもの、闇とは愛がない状態のことです。

一つ一つの魂が、自分の意志で、闇と光の両方の体験をし、愛というものを実感させてもらえる豊かな遊び場、それがこの宇宙です。光を選ぶのも闇を選ぶのも自由です。個々の魂に選択が任されています。

思うに、きっと寛大な宇宙は私たちが光を選んだ分、闇を飲み込んでくれます。

私は闇を知って、光を選びます。

そして、闇の中で光を探し、光を選ぼうとする人たちとつながって、この地球を愛の光で満たしたい。それが私という一つの魂の望みです。

オーラを測定してきました!

大変お久しぶりの記事です。
以前の書くモチベーションは、自分自身のもやもやした心の問題を、文章に書くことによって整理して先に進みたいというところから来ていました。
そして、ほとんどもやもやが解決されてしまって、書くモチベーションがなくなってしまったのでした。

ところが今日は、オーラカメラというものでオーラを撮影してきたのです。
これは、私にとって大きな出来事なのです。
5か月ぶりにブログを書く気になるほどに。

一ヶ月くらい前に、お友達から、オーラを撮影してもらったという話を聞きました。
そのオーラレポートを見て、すっごく私もやってみたくなってしまったわけです。
そのお友達は遠方に住んでいるので、私は自分の住んでいる札幌でオーラ撮影をしているお店を探しに探しました。

ところで、オーラ撮影ができる機械を製作販売している会社は、PROGEN社とInneractive Enterprises社の2社があり、PROGEN社の方が元祖なのだそうです。Inneractive Enterprises社の方は後発らしいのですが、お友達が撮影してもらったのはこちらの方だったので、はじめはそっちばかり探していました。でも検索して出てくるお店を見ても、ここにしようという決心がつかなかったのでした。

ところが、数日前に、しつこく他に良さそうなお店はないかと探していると、ピーンとくるお店を見つけたのです!一目見たときから「ここだ!」と思いました。

そのお店はPROGEN社の機械を使っているようでしたが、「そんなこと関係ない!この店そのものに行ってみたいんだもの。」と感じました。
私の直感もだいぶ磨かれてきたようです。

でも行く前に少し迷い、少し考えました。
今までスピリチュアル系の本はたくさん読んだし、バッチフラワーやオーラソーマなども独学で実践してきた私ですが、一度もそういうものを専門にやっている人のところに行って、直接話をしたことはなかったのです。
お友達が、守護霊が見える人に会ったとか、スピリチュアルカウンセリングしてもらったとかいう話を聞くと、「いいなあ」という思いもあったのですが、それを打ち消すように、「でも私は絶対そんな人には会いたくない、そんな所には行かない」と思っていたのです。
オーラ写真に魅かれたのは、それが機械であるというところでした。初めて会った人間に「あなたのオーラは・・・で、過去に・・・なことがありましたね」などと知ったようにしゃべられるなんてまっぴらと思っていたのです。友達が見せてくれたオーラレポートはかなり詳細で深い内容で、これさえあれば下手な説明は不要と思えるようなものでした。だから初めはむしろお遊び的なセンスでやっているお店でレポートだけ出してもらって、説明はされても聞き流そうとさえ思っていました。
そういう意味では初めに見つけたお店は、いかにもお遊びでやっている感じがして、この条件にまったく合っていたのです。しかし、腰が重いのはいつものことですが、なかなか行く気にならなかったのです。

「ここだ!」と思ったお店は、きっと信頼できるステキな人がやっているお店だろうという確信がありました。今までの私なら、そういうお店に行くなんて「絶対いやだ」と思っていたのです。警戒心が強すぎて、ほとんど人を信じていなかったし、もしいい人だったとしても、初めて会った人に、心を開いてしまうのが嫌だったのです。

でも今の私はもう昔の私ではありませんでした。
そこに行ってみたいと思ってしまったのですから。

それでも昔の私が一部残っていて、「なぜ行きたいのか、行く必要があるのか」と考え始めました。

オーラ撮影のことを教えてくれた私のお友達は、直感的なヒーラーを目指していて、その夢に近づくために、私が尻ごみしてしまうようなお店に、ひょいと簡単に入っていきます。そんな彼女を見て、私にはできないけど、彼女はきっとそういう才能がある人だから、ぜひどんどんその道を進んで欲しい、そして私にその世界を見せてほしい、それが実際に可能であることを見せてほしいと思っていました。
でも、私も本当はそっちに進みたいんじゃないの?もし彼女が本当にそっちの道を進んでいって、私の想像通り素晴らしくなっていったら、私はいつまでも同じところにいて、本当にずっと彼女のことを応援できるの?そのうち、うらやましさから妬みに変わるんじゃないの?そうだ、きっとそうなる。じゃ、そうならないためには、私もこの一歩を踏み出さなきゃ!

心の中でそう決心した時、直感が「そうよ、それでいいのよ」と言いました。

それに、このお店って、本当は私がこういうお店を持ちたいんじゃない?それが私の本当の望みなんじゃない?色とりどりのきれいなものがたくさんある、光にあふれた場所。そこでお客様をリラックスした雰囲気でもてなして、今私が勉強している算命学や、お友達がこれから身に付けるであろういろいろな知識と技術で、訪れる人々が心のわだかまりをほぐして、幸せになるのをさりげなくお手伝いするような場所。それを実践しているお店をぜひこの目で見たい。自分の夢のビジョンを明確にして、実現するために。そう思った時胸がわくわくしました。ここまでくると、このお店に行くことは、もう絶対でした。これに逆らうことは、大きな後退でした。逆らうなんてことは考えられませんでした。

それに、「『絶対~したくない』というときは、本当は『したい』のだ」、という法則があります。これはほとんどの場合真実です。

 

というわけで、行ってきたのです。

想像した通り、素敵なお店だったし、解説も素晴らしかったです。解説書はお友達が見せてくれた別会社のもののほうが良くできていたけれど、しっかり読み方を勉強している人に解説してもらう方がはるかに素晴らしいことが実感できました。説明してくれた人は、パワーのある明るい感じの女の人で、本当に説明が上手で、たくさん言葉を使ってわかりやすく、深く説明してくれました。リラックスして、楽しくお話を聞くことができました。私のお話も聞いてくださって、それにそってまた説明してくださいました。
今の自分が、基本的に明るく滞りのない状態で、オーラの広がりも大きく、チャクラのパワーも強いことが分かって、ますます元気が出ました。基本的には黄色~緑でしたが、将来を表す場所に、私が憧れているオーラの色である紫~白が出ていて、とてもうれしかったです。
45分の解説のあと、オーラの色に合わせたパワーストーンブレスレットをつくってもらいました。じっくり時間をかけて石を選ばせてくださって、とても素敵なものができました。
そのブレスレットは私に「夢」という言葉をささやいてくるのです。お店の人は「春らしい、かわいい感じになったね」と言っていました。そこで私は心の中でそのブレスレットに「」という名前を付けました。

計2時間くらい滞在していましたが、その間つぎつぎにお客さんが来て、とっても繁盛していました。やっぱり素晴らしいお店は繁盛するんだな、素晴らしいものが分かる人はこの世にたくさんいるんだ、と思いました。

そんな実例を見せてくれて、私に夢のビジョンを見せてくれたそのお店に本当に感謝します。

行ってみたくなった人へ、そのお店はこちらです。

«表現するということ